表明する、表現することについて

ネット上で、#近年稀に見るクソバカ内閣 という一文から始めるzine展 というのをはじめました。当初はzine=冊子状の実物を展示する想定でしたが、できるかぎり接触を減らすことが新型コロナウィルス感染防止になるということになり、ネット上にて1人1枚の画像でやると決めました。
参加条件は「近年稀に見るクソバカ内閣」という一文から始めたzineをつくる、ということだけ。ほかは何も指定していません。
とてもシンプルなので、私からしたらわくわくする条件です。だって何をしてもいいんですよ。画像の形はどうする?色は?絵を描く?文字をぎっしりつめる?写真をのせる?自分のこと書いちゃう?大好きなあれのことを書いて見てもらいたいかも!大声でfuckyouっていえないからここででっかく書いちゃえ!…とかね。主催の私は、記名してください、ということは求めていません。匿名かどうかも不問です。
(あと、画像っていってるけどネットに載せられるものなら音声ではどうか、と聞かれたら全然構わないです、というつもりです。これは正直ミスりました、画像でなくてもいいです。ネットに載せられるもので、制作者がzineだと判断したものなら受け付けます。)
本当はわざわざこんなふうにヒント的なことを書いたりしたくないのです、表現を狭めることになるから。そして、何より自分の頭で考えてもらいたいから。その過程で、これはOKか分からなかったら私にきいてほしいのです。
私がなぜzineというものにこだわるかというと、規定がないものだからです。そしてzineを作った多くのひとは誰かに読んでもらうことを願っています。コミュニケーションツールになりうる、いや、はっきりいいましょう。コミュニケーションツールでもあるからです。手紙に近く、でも知りあいでなかった不特定多数に伝わる可能性がある。メールやSNSのように同じ型でやる必要もないから、その様々な内容にとても驚かされ、とても頼もしい気持ちになります。
より重要なのは、不特定多数に読まれる、と考えて作られていることだと思います。より伝わりやすい表現にしよう、あえてマニアックな表現にしてしまおう、誰かを傷つける表現になっていないか、自分を追い込む表現になっていないか、そういうことを考えないで作ることは難しいのではないかと思います。


なぜこれを書こうと思ったかというと、日本語圏の日本人の、自身のことばで表現することの慣れてなさに常々戸惑っていて、そして昨日今日、インスタにあふれたBlackout画像にとても困惑したからです。自分の言葉もなく、真っ黒の画像とスローガンをあげることが、誰にどういう印象を与えるか、そこまで考えてやったことなのでしょうか。もちろん、黒人差別に反対する、それは伝わります。しかし、今やることはそれだけですか?
自分の言葉でどう思っているか、考えているか、そして何をするべきか、たとえ日本語のひとことでも、拙い言葉でも、自動翻訳を使った英語でもそれがあればすぐさま世界中全員にとまでいかなくても、黒人差別反対、有色人種差別反対、そして人種差別に反対をしていくし考えて行動します、という、より力になるよというメッセージがネットに残りいつか誰かに見られるかもしれないとは思いませんか。
様々なイシューのデモの多くは、大抵スピーチをするひとがいます。いくつかのスローガンだけでは問題を理解することは難しく、解決まで遠くなってしまうからです。そのくらい、ひとが語る言葉というものには力があります。
表現することが難儀だ、というひとのいうことも分かります。言葉を間違えたら誰かを傷つけるかもしれない、自分が非難されるかもしれない、仲間内から追放され孤独になってしまうかもしれない…。その怖さは私も抱えていますし、多くのひとが多かれ少なかれ抱えていることだと思います。だから黙っている、というのは問題だと分かっているから、テンプレートの言葉を使う。たくさんのひとが認める言葉だから非難されずに態度を表明することができる。でもそんな簡単な行為ばかり繰り返しているから、いつまで経っても問題はずるずると続くのだと私は思います。ひとの話を聴いて、自分はどう考えたか語る、それをまた別のひとが賛同したり批判したりして、ようやく議論は進みます。
普段の会話でそれはするからいいや、それはSNSを使っておいていえる言葉ではもうないでしょう。ネット上で起きていることも現実です。SNSを使っているひとなら、ネット上の言葉が自分を喜ばせたり傷つけたりするというのは実感としてあるはずです。
ひとの話を聴いて、自分の頭で考えて、行動する、それがどういう影響を与えるか、その小さくかつ大きな波状の動きに希望を持てることが、より多くの行動に結びつくのだと私は考えます。
住んでいる地の政治に対して批判をすることすらためらっている日本人が、もっともっと自分の表現で態度を表明してくれたら、生きやすくなるひとは増えると思います。
日本の政権批判的なzine展が、人種差別問題の解決になるのか?そういう粗い理解になってしまうのならこの文章をまた読んで、そしてご自身で何かを表現してみてください。何度も何度も繰り返してください。その練習として、私のzine展に参加していただいても構いません(私にその練習です、とはあまりいってほしくはありません。そしてあたりまえですが現クソバカ内閣に反対するひとだけが参加可能です)。


自分が物を作ったり売ったり、文章を書いてネットにのせたり、zineを配ったり、そういうことを繰り返して得た経験から書きました。
間違いや至らないこともあります。ひとと衝突もしています。いつも自分が正しかったとは全く思いませんし、ひとにひどいことをしてしまったとまだ心にくすぶっていることはあります。だからこそ考えて表現をして反省するのをずっと繰り返して、いつもいまよりもいい方向に進んでいきたいのです。